かつて東京大森にあった古書店「山王書房」。その店主である著者が出会った数々の文人たちや古本との出合いが、淡々と、しかし本への愛情をいっぱいに込めて本書では綴られています。正宗白鳥宅訪問記、伊藤整になりすました話、尾崎士郎の臨終のエピソード…いずれも古きよき古書店とその店主の姿、そしてそれを愛する文人たちの日常が描かれ、本を愛する人々の胸を静かに打つものばかり。特に表題の「昔日の客」として登場する、夭折の作家・野呂邦暢との触れ合いは美しく、読者の記憶に深くとどまるでしょう。時に笑い、時にしみじみと。古書と文学をとりまく静かで愛すべき世界がこの小さな本に詰まっています。近ごろあまり見られない、美しい緑の布張りという造本も素晴らしく、初版当時の山高登による版画が再掲載されているのも嬉しいもの。昭和53年に刊行され、長らく古書ファンの間でも幻の名著とされていた本書を復刊させた気鋭の版元、夏葉社にも拍手を送りたくなる一冊です。