筆跡はそれを書いた人のことを雄弁に語る。筆跡は私的なもの、個人的なものである。顔や声のように世界にひとつしかなく、書いた人に「似る」。だからこそ私たちを表現し、私たちの存在を証明するものになる。
-本文より
イタリアを代表するカリグラファー、フランチェスカ・ビアゼットンがおくる、「手書きへの讃歌」。
書き文字の世界は、言葉の世界同様に多様なものであり、紙や道具、言葉のイメージ、その字の形、余白の量など、情報を伝えるという役割・可能性がどこまでも続く豊かな世界。本書はその歴史や、道具、「文字」を支える構造を説きながら、手書きの豊かさを伝えます。人が文字を書くという行為、その姿への慈しみ溢れた文章は、スマホやPCなどで打ち込む文字に慣れた現代の人々へのメッセージでもあり、「書く」ことの素晴らしさを忘れないでほしいという気持ちの詰まったもの。
また、巻末の附録『ルドヴィーコ・ヴィチェンティーノによる小品 カンチェッレレスカ体の書き方を学ぶために』(一五二二年)は本邦初訳。
15世紀-16世紀の書記たちが書き物で使っていた書体の教本で、著者は「西洋のカリグラフィー界の忘れられていた遺物」と記しています。リズミカルで美しい書き文字の教えは、形や間隔としてのヒントを丁寧に記述し、文字に備える優美さを語りながらも、手書きであるという不完全さを肯定する素晴らしいもの。
挿絵や道具による筆致の違いなどどいった図も掲載され、「字を書く」という世界を広げるための1冊。
(原口)