「ここではないどこかに行きたい」という気持ちを抱え松江にたどりついた著者は、そこで古書店「冬營舎」をはじめる。本書は、その開店から一年後の2016年から2020年までの5年間の営業日誌を一冊にまとめたものです。2冊売れただけで上等、お気に入りの本が売れたら寂しく思い、売り上げは少ないけれどなぜか訪れて差し入れを持ってきてくれる人は多く…。「古本屋差し入れ日記」の副題のままの情景が広がります。そんな日常を淡々と綴った内容からは、店主のイノハラさんの人柄が伺え、松江の人々の暮らしの息遣いが伝わってくるよう。山陰の古い町にある小さな古書店。その営みの静かな日々。それだけでも心動かされる設定ですが、どこか枯れながらも少しはにかんだような文章が心地よく、自分もそこに出かけ扉を開けたい気持ちになってきます。店を始めるということ、店がそこにあるということ。地方での営業という意味でも興味深い本書ですが、それ以上に独特のゆるやかな空気と時を楽しめる一冊。冬への準備という意味も持つ店名の通り、不思議な透明感とあたたかみが伝わります。