時は第二次世界大戦。ナチス・ドイツのポーランド侵攻のその終盤、間に合わせの訓練を受けただけでロシア戦線に送り込まれた17歳のヨハン。彼は戦地へ赴き数日としない内に、左手を失ってしまいます。
そして間もなく故郷の山あいの村へ戻り、郵便配達人として働きはじめます。若く誠実に仕事に向き合う青年の目線で描かれる人々との交流。そして、戦場とは遠い村で過ごす住民たちの生活に、じわじわと押し寄せる戦火の波。爆撃や戦闘の場面はほとんどありませんが、戦争が及ぼす生活への描写、その速度は大変なリアリティがあります。
郵便配達という仕事を通し、生活の変化を淡々と、そして戦争を印象深く語る1冊です。
著者であるグードルン・パウゼヴァングもまた、17歳で敗戦を経験しており、戦時下の1944年8月から1945年5月までの10ヵ月間を設定とし、証言者のいなくなった世界へ残すべく、渾身の力を込めて描きあげた作品です。(原口)
グードルン・パウゼヴァング
1928年、当時はドイツ領のボヘミア東部ヴィヒシュタドル(現チェコのムラドコウ)に生ま歳、れる。女子ギムナジウム在学中の15歳のときに父親が戦死。17歳で、第二次大戦の終戦を迎える。戦後はボヘミアを追放され、母や弟妹とともに西ドイツのヘッセン州ヴィースバーデンに移住。アビトゥーア(大学入学資格試験)に合格後、教職に就いて1956年には南米に渡り、チリ、ベネズエラのドイツ人学校で教鞭を執った。1963年に西ドイツにいったん帰国して小学校の教師を務めたのち、ふたたび南米コロンビアに暮らし、1972年に帰国。小学校教諭として教えるかたわら創作活動を行う。1998年、ケストナー世代の児童文学作家についての論文でフランクフルト大学で博士号を取得『最後の子どもたち』(1983、小学館1984)『みえない雲』(1987、小学館1987、2006)『そこに僕らは居合わせた 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶』(みすず書房、2012)など、100冊にとどく著書がある。
< みすず書房サイトより >