北海道、新十津川村の丸太小屋で自給自足の生活を営み、糧を生み出す庭とともに暮らす「弁造さん」。1998年当時二十五歳だった著者は、彼がひとりで営む暮らしをはじめて訪ねます。以来14年にわたり、めぐる季節を追いかけるようにその人と土地を訪ね、撮影を重ねながらともに時間を過ごした日々。
本書は、写真家・奥山淳志さんが「弁造さん」と交流した14年の記憶をたどりながら、他者の“生きること”を思い紡がれた24篇の物語。永続的に暮らしていけるよう実験を繰り返してきた自給自足の暮らしぶり、開拓時代から今日に至るまでの苦難、かつて目指した絵描きへの夢、日々くり返し描かれるエスキース(下絵)…。異なる時代背景や境遇、生活スタイルと記憶を生きる老人との日々、時におかしみにあふれたエピソードもふくめ綴られる交流とその生の輪郭は、やわらかな奥行きと陰影をともない、他者と出会うこと、誰かを想うことの豊かさを伝えます。一篇を読み終えるたび、それぞれの読者にも誰かとの記憶が訪れるような深い余韻を残す一冊。その庭をともに歩くような40点のカラー写真も収載。カバーを外すと表れる「弁造さん」のエスキース、詩集などに用いられるフランス装を採用した装丁も美しい。(涌上)