「棺一つのスペースで、人は本が読める。草刈り機やシャベルをしまう物置のスペースがあれば、人は物が書ける。」「プロセスに意味はない。跡を消すがいい。道そのものは作品ではない。」
1945年、アメリカ・ピッツバーグ生まれの作家アニー・ディラード。本書では、寡作な中にも自然と心理描写を巧みにとらえた作品をものしてきた彼女の執筆への姿勢が綴られています。冴え冴えとした観念と思索、静謐な知性と創作への情熱の交差。穏やかな筆致で描かれたそれらの創作の道程には、文を書くというこれ以上ない個人的な体験における苦しみと歓びが深く刻まれています。一語一語を身を削るように書く。一文一文を極限まで推敲する。ストイックに構築された中にふと表れる自然描写のきらめき、孤独な作業である執筆を客観的に見る思考。どれもが「書くということ」「書いている自分」というものを深く掘り下げ、それがまたひとつの見事な文章となって結実する、この静かな本からはそういった美しい循環が伝わります。本書は96年に出た初邦訳の復刻版となりますが、翻訳を担当した柳沢由美子氏のあとがき、当時の編集者である鶴ケ谷真一氏の解説も含めて、書くということ、読むということの尽きぬ輝きが随所に宿っています。そして巻末エッセイにBOOKNERD店主の早坂大輔さん、帯には須賀敦子、山田稔両氏の言葉も掲げられ、様々な意味で贅沢で貴重な一冊です。