『月の明るい真夜中に』や『月の見ていたこと』などで当店でもおなじみの森洋子さん。赤と黒を基調とし、幼な子や動物たちを優しく描いた作風は多くの人を魅了してきました。しかしこちらの本はまた一味も二味も違うテイスト。「心模様の標本150種」という副題そのままに、様々な内面を抱える人間の生態が150に渡り著者独自の目線で捉えられています。コリツ、カラミツキ、アッチイケ、ヨウジセイなど特有の語感でラベリングされる人間らしき生き物たち。それぞれがそれぞれの意識にかなったポージングや容姿で現れ、そこから立ち上る人というものの奇妙さやある種の愛おしさに感じ入ります。全編黒鉛筆一本で描かれており、その暗がりがまたいっそう人間の抱く深遠さを表すかのよう。諷刺を伴うカリカチュア的な要素と、奥底から湧き出る情念と、冷静な観察眼。森洋子さんのもうひとつの横顔をお楽しみください。文庫というコンパクトな判型も、小さな禁断の箱を覗かされているような気がして素敵です。判型だけでなく文庫らしいページデザインが随所に活きており、本好きにはそれも嬉しい。あとがきには精神科医の阿部あやさん。ジェリー・マーティン氏による英訳文も添えられています。